20161001

「ふくらはぎ」












































俺がおととい死んだので



友だちが黒い服を着こんで集まってきた
     


驚いたことにおいおい泣いているあいつは
     


生前俺が電話にも出なかった男
     


まっ白なベンツに乗ってやってきた
     
     



俺はおとつい死んだのに
     


世界は滅びる気配もない
     


坊主の袈裟はきらきらと冬の陽に輝いて
     


隣家の小五は俺のパソコンをいたずらしてる
     


おや線香ってこんなにいい匂いだったのか




     
俺はおとつい死んだから
     


もう今日に何の意味もない
     


おかげで意味じゃないものがよく分る
     


もっとしつこく触っておけばよかったなあ
     


あのひとのふくらはぎに










〜谷川俊太郎『詩を贈ろうとすることは』〜







冷たく澄んだ空気に光が反射するのを見て「坊主の袈裟」のくだりを思い出す。



この詩が好きです。






死生学とは ”どのように死にたいか=どのように生きたいか”



だって、好きな音楽家の人が言っていていました。



”生きることを志す”。






今ここにいられることに どんな意味があってもなくても、



嬉しさに、哀しさに、痛みに、あの人やこの人と過ごす時間に、



出来る限りに欲張って、ここで感じられるすべてに。



心を開いて、素直に、率直でありたいです。
















0 件のコメント:

コメントを投稿