里子さんとミャンマーの思い出を振り返っていたら、
ごく自然な流れでごきぶりの話になりました。
私はごきぶりが苦手で、インドでもミャンマーでも大変苦労しました。
痛みや苦しさなど嫌悪の感情を観察すると、
種に埋め込まれた死への恐怖のようだと感じます。
小さい”死”の断片が見えるとき、自分を守るために湧いてくる”怖い”の感情。
ごきぶり自体は痛くないけれど、
病原菌を媒介する衛生害虫として あなたの命を脅かしますよ!と
私の生きる本能が訴えているのかもしれないし、そうじゃないかもしれない。
ごきぶりの怖さって謎です。
でも今年は手荒い暴露療法が続いたせいで、少し大丈夫になった気がしています。
私がどんなにビビってひーひー肩をすくめても
一緒に仕事をする瞑想者さん達は顔色一つ変えない環境に居たからでした。
子どもがふいに転んだ時、周囲がよってたかって慌てだすと
あたかも大変な事が起こったような気がして泣きたくなるけれど、
平静であれば、「たいしたことない」と思えてくるのに似ています。
私の穏やかさは、私の中に在って
私の平和は本来誰にも脅かされるものではないんだなと思いました。
チューリップのめしべ
ReplyDelete観察すること。子どもは無意識にしていること。
大人になるとなかなか難しいです。
むずかしいですね。むずかしいので私も練習しています(^^)
ReplyDeleteチューリップは季節はずれですが、見つけたので買ってきました。可愛い