20151101

有限さ。


























以前貸してもらった、科学の雑誌の記事をぼんやり思い出していました。



「死の未来」。


死んだら、意識はどうなるか。


どこにいってしまうのか。



今年亡くなった、友だちの猫ちゃんの魂は?通わせた心はどこいったの。


ゆうれいっているのかな。






私の意識を持った肉体の時間にも限りがあり


そのなかには苦しみや痛みもあるけれど、


限りがあるからこそ、せつなさや愛おしさ(昔流行った歌の歌詞みたい)もあって


あたたかだなとおもいます。







限りあるからこそ、その先を想像したり、


無限の存在に救いを求めたくなる。




なにを信じようと、やり方が違うだけで本質は一緒なんだと思います。


みんななにかしら、道しるべみたいなものが必要なんだと思いました。







意識と物質の絶妙なバランスで


人間だったり、塩だったり、栗の木だったりしながら


形をかえてエネルギーは巡っていく。




私はいまのところ、なんの宗教に属するつもりもありません。


科学の恩恵をうけながら、でも目で見えることだけがすべてではない気がしています。



先のことはわからないけれど、


今自分の前にあるもの、そばにいてくれる人たちとの時間を


めいいっぱい味わうこと、尊さをいつでも思い出せるようにいたいです。































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